こんにちは(^^)totoです。
『愛してほしい』。そんなシンプルな願いが、気づけば自分を苦しめる依存の始まりでした。
今回は、私の人生が少しずつこじれていくことになった、小学校高学年から中学生の頃のお話です。
小学生高学年の時にお父さんが再婚し、
私には新しいお母さんが出来ました。
再婚相手には別れた夫との間に子供が2人いて、私が帰省すると常にその子供と元旦那の親と一緒にどこかに出掛けて
その度私は放置で子供だけにお小遣いあげたり何か買ってあげたり、
私の存在は消されてました。
元旦那の親と再婚相手は
自分の孫、子供だけに〇〇ちゃんは本当かわいいね。と言ってて
私は嫌われたら困るのでずっと愛想良く振る舞っていました。
お父さんもそんな私をみては知らん顔。
お父さんも再婚相手もその子供も大嫌い。
無償の愛がほしい。
そう思っていました。
施設では、
グレる子もいて子供同士喧嘩したりする
仲裁に入ってよく巻き添いにあってました。
施設の先生も機嫌悪い時と良い時の差が激しく、先生に嫌われたり怒られたりして施設を追い出されたら困るので
常に顔色伺って明るくその場を和ませる様に振る舞っていました。
その頃から自分の感情に蓋をして生きてきたので自分の意見を言うのが苦手で、
自分を出してはいけないと思うようになりました。
実は、学校でも傷つく出来事がありました。
小学校低学年の頃、クラスメイトから手紙で「親がおらんやつは消えろ」と書かれたり、中学校に入ってからも、男子たちが付き合う・付き合わないの話をしている時に、陰で「あいつは親がおらんから無理ー」と言われているのを聞いてしまったり……。
「親がいない」という自分ではどうしようもない理由で否定されるたび、私の心はすり減っていきました。
小学校、中学は友達にも恵まれ部活もして、青春もして楽しい学校生活を送ってはいたけれど、私の心の中の loneliness(孤独)が消えることはありませんでした。
常に
誰かに愛されたい、無償の愛がほしいと思っていた私は異性から少しでも好意を寄せられると直ぐに好きになってしまってました。
自分のことを好いてくれるのが嬉しくて嬉しくて、
彼氏がいる=存在価値がある
と思う様になり、常に彼氏を作っていました。
誰かに求められることで、やっと
「私はここにいていいんだ」と安心できた。
当時の私は、そうやって自分の存在価値を必死に証明しようとしていたのだと思います。
今、あの頃の自分を振り返ると、胸が締め付けられるような気持ちになります。
自分の気持ちに蓋をして、周りの顔色を伺って、必死に笑顔を作っていた小さな私。
もし、当時の私に声をかけられるなら、抱きしめてこう伝えてあげたいです。
「周りに合わせなくても、誰かの特別になろうとしなくても、あなたはあなたのままで、もう十分に価値があるんだよ。今までよく一人で頑張って耐えてきたね。もう大丈夫だよ」って。
当時は「愛されたい」という依存の種が芽生えた時期でしたが、今の私は知っています。
誰かに埋めてもらう愛ではなく、まずは自分が自分を一番に愛してあげることの大切さを。
辛い過去の始まりのように思えるこの時期ですが、これがあったからこそ、
私は「本当の自分」を取り戻す旅に出ることができたのだと、今では思えるようになりました。
ここから私の「依存」は、さらに深いところへと進んでいくことになるのですが……。
次回は、高校生以降のお話、そしてそこからどうやって自分を救い出していったのかについてお話ししようと思います。
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ぜひ、そちらものぞきに来ていただけたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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